誰にも頼まれていない時間
資料をつくっていたはずの手が、いつしか図の配置と言葉選びだけを追いかけていた。顔を上げると外はもう暗く、時間の感覚が抜け落ちていたことに驚いた人がいた。評価のためではなく、自分が納得したい部分だけをいじっていた時間だったと、あとになって気づいたという。
別の場所では、頭の中にあるイメージが、誰かの言葉を受け取ってそのまま形になって返ってくることに驚いていた人がいた。コードを書くこと自体は好きではなかったはずなのに、思い描いたものが現実になる速さに引き込まれ、困っている誰かのために一日でぱっと形にしてあげられるかもしれないと考え始めていた。
週末の部屋では、模様替えが止まらなくなっていた人がいる。家具の配置を三度も組み替え、疲れているのに嫌な疲れではなかった。仕事なら途中で放り出してしまうのに、誰にも頼まれていないことだけは最後までやり切れる自分を、不思議に思っていた。三度目にしっくりきた瞬間、思わず声が出たという。正解を誰かに決めてもらう必要がなかったことが、その静けさの理由だったのかもしれない。
締め切りとは関係のない部分に時間をかける罪悪感は、いつの間にか消えていた。夜の予定を空けて手を動かす時間を確保しようとする声と、平日の夜に三十分だけ試してみようとする声が、それぞれ別の場所で、まだ何も決めきれないまま浮かんでいた。
エピローグ
エピローグ
週末の部屋で家具を動かしていた人は、翌日のために台所へ立った。誰かに気づかれるとは限らない段取りを、少し先の自分が気持ちよく過ごせるように整えていく。部屋の机の位置を決めたときと同じように、正解を待たずに手を動かしていた。
頭の中のイメージを形にしていた人は、いったん作ることから離れた人たちのことを考えていた。以前は難しさの前で閉じた扉が、言葉から試作品を立ち上げられる今なら、少しだけ軽く開くかもしれない。誰かのための小さな見本を差し出すことで、作ることの面白さが戻る場面を想像していた。
資料をつくっていた人は、来週の夜をどう空けるか、まだ予定の間で考えていた。納得するまで触れていたい気持ちはあったが、その時間を本当に確保できるかは決めきれていなかった。暗くなるまで図と言葉に向き合った静けさだけが、次の週のどこかに残っていた。
締め切りとは関係のない部分に時間をかける罪悪感は、いつの間にか消えていた。夜の予定を空けて手を動かす時間を確保しようとする声と、平日の夜に三十分だけ試してみようとする声が、それぞれ別の場所で、まだ何も決めきれないまま浮かんでいた。

