案内人の靴ひも
峠の案内人は、新しい近道を見つけた。急な岩場を避けて、木の根を伝う細い道だ。歩いてみると、頂上の景色に驚くほど早くたどり着けた。 「これはいい。みんなに教えたい」 そう思ったが、案内人には癖があった。道を人に見せる前に、地図に描き込んでおきたいのだ。近道がどの分かれ道とつながっているか、雨の日はどうなるか、他の案内人が迷わないか。確かめることは山ほどある。 机に地図を広げると、細い枝道まで気になってくる。「あの脇道も、念のため歩いておこう」。そうしているうちに、新しい近道を誰にも案内できないまま日が過ぎた。 ある朝、小さな女の子が戸をたたいた。「はやく頂上に行きたいの。犬が待ちくたびれてる」 外では子犬が尻尾を振っていた。案内人は靴を履こうとして、ひもがほどけかけたままなのに気づいた。全部結び直す時間はない。緩んだところだけ軽く結んで、立ち上がった。 その日歩いたのは、新しい近道の、頂上までのひと続きだけだった。地図はまだ真っ白なところが残っている。それでも女の子は頂上で歓声をあげた。 帰り道、案内人はつぶやいた。 「結び目は、全部じゃなくていい。今日歩く分だけ結べば、歩けるんだな」
物語からの問い
私は「全部揃ってから」より「今日の分だけ」で動けているだろうか?
私は本質を急ぐ側と、全体を見渡す側、どちらに立っているだろうか?
私は明日、確かめきる前に一歩だけ踏み出せるだろうか?
エピローグ
その夜、案内人は地図を広げ直した。頂上までの道には、もう一本、線が引いてある。まだ他の枝道は白いままだ。それでいい、と案内人は思った。
次の朝、商人が訪ねてきた。「荷物を運ぶ道が知りたい。急いでいるんだ」案内人は、頂上への道を歩いた時のやり方を思い出した。ひとりで確かめるより、道に詳しい仲間を呼んで、一緒に歩いてもらったのだ。荒れた場所を見る仲間、休む場所を見る仲間、荷物の重さを見る仲間。三人の目で歩くと、道の姿がはっきり見えた。 「これなら、遠くから来る旅人にも教えられそうだ」 案内人はつぶやいて、地図の隅に小さく印をつけた。次は、異国の言葉を話す旅人にも、この道を教えてみようと思っている。まだ試していないが、順番はもう決めてある。
一方で、机の上には別の紙が残っていた。近道の枝分かれを描くつもりで置いたまま、何も書かれていない。案内人はそれを眺めて、少し笑った。「これは、また今度だな」誰かを責める声ではなかった。ただ、まだ結んでいない靴ひものように、そこにあるだけだった。
季節が変わり、頂上へ続く道には、いろいろな旅人の足跡がついた。商人の足跡、旅人の足跡、まだ来ぬ誰かのための足跡。案内人は毎朝、靴を履く。全部のひもを結ぶ日もあれば、途中までの日もある。それでも、頂上に続く道は、今日も少しずつ伸びていく。
「結び目は、全部じゃなくていい。今日歩く分だけ結べば、歩けるんだな」

