1on1で「特に話すことないです」と言われたら

「最近どう?」
「まあ、特に問題ないです」
「そっか。何か困ってることは?」
「いえ、大丈夫です」
……そのあとの20分が、やけに長い。
1on1を続けているマネージャーの方から、この話をよく聞きます。制度としては回っているのに、中身が近況確認で溶けていく。やめるほどではないけれど、何のためにやっているのかが少し分からなくなってくる——そんな感覚に近いかもしれません。
先に一つだけ書いておきたいことがあります。この時間を気まずく感じているのは、たいてい片方だけではありません。「特にないです」と答えた側も、あとで「何も言えなかったな」と思っていることがあります。どちらかがサボっているというより、二人とも、うまくいってほしいと思いながら座っています。
なぜ「特に話すことがない」が生まれるのか
「話すことがない」という言葉の下では、性質の違う二つのことが起きているように見えます。
| 出てくる言葉 | その下で起きていそうなこと |
|---|---|
| 「特にないです」 | 思い出せない。材料が頭に浮かんでこない |
| 「順調です」 | 出していいか分からない。言っていい範囲を探っている |
どちらも、本人のやる気や能力の話ではありません。ひとつずつ見ていきます。
思い出せない — 手がかりのない質問は、答えにくい
記憶の研究に、この場面をそのまま説明してくれる古典的な実験があります。
トゥルヴィングとパールストーンは1966年、単語のリストを覚えてもらったあと、二つの条件で思い出してもらいました。ひとつは自由に思い出してもらう条件、もうひとつはカテゴリ名を手がかりとして渡す条件です。手がかりを渡されたほうが、思い出せる量ははっきり多くなりました。
ここから導かれたのが、「覚えている(available)」と「取り出せる(accessible)」は別という考え方です。頭の中にちゃんと残っているのに、手がかりがないと出てこない。忘れたのではなく、届かないだけ、という状態があるわけです。
「最近どう?」は、範囲が広く、手がかりがありません。この一週間に起きたことすべての中から、話す価値のあるものを自分で探して、選んで、その場で言葉にする。思い出す・選ぶ・言葉にするを同時にやることになります。
しかもそれを、上司の目の前で、数秒のうちに。「特にないです」は、その作業がうまくいかなかったときに出てくる、いちばん安全な答えかもしれません。

出していいか分からない — 安全は、その場ごとに確かめられていく
もう一つは、思い出せていても口に出さない場合です。
チームの中で「こんなことを言っても、恥をかいたり、まずいことにならない」と思えている状態を、エイミー・エドモンドソンは心理的安全性と呼びました。1999年の研究では、この安全性が高いチームほど学習行動が起きやすく、それがチームの成果につながっていました。よく引かれるのは、安全性の高い医療チームはミスが少ないのではなく、報告されるミスが多かったという話です。
安全性は、あるかないかの二択というより、その相手・その場面ごとに確かめていくものに近いように思います。評価する立場の人と二人きりの30分は、確かめる材料が少ない場面です。当たり障りのない答えから入るのは、警戒しているというより、様子を見ているのだと思います。
だから、頻度を増やしても中身は変わりにくい
1on1がうまくいかないとき、まず手が入るのは頻度・時間・日程・記録のあたりです。隔週を毎週にする。アジェンダのテンプレートを配る。ツールを入れて記録を残す。
どれも無駄ではありません。ただ、ここまで見てきた二つは、そのどれでも動きません。思い出せないことは、回数を増やしても思い出せるようにはなりません。安全が確かめられていないことも、記録が残るからといって解消はしません。
中身を決めているのは、たぶん次の二つです。
- その場に持ち込まれる材料 — 話す側の手元に、言葉がどれだけあるか
- その場の進め方 — 聞く側が、どんな順番で何を聞き、どう受け取るか
そしてこの二つは、どちらか片方だけを頑張っても足りないのだと思います。材料がなければ進め方だけでは掘れませんし、材料があっても、詰問のような進め方では出てきません。責任も、たぶん半分ずつです。
その場でできること — 問いに手がかりをつける
進め方のほうは、次の1on1から変えられます。いちばん効くのは、範囲の広い問いを、手がかりのある問いに置き換えることだと思います。
| よくある問い | 手がかりを足すと |
|---|---|
| 最近どう? | 今週、いちばん時間を使ったのは何でしたか |
| 困ってることある? | 先週話していたあの件、その後どうなりましたか |
| 何かある? | 最近、思ったより時間がかかったことはありますか |
| 順調? | 直近で「これは進んだ」と思えたのはどこですか |
やっていることは単純で、思い出す範囲を狭めているだけです。「今週」「時間を使った」「思ったより」といった手がかりがあると、探す場所が決まります。
もう一つ、その場でできることがあります。沈黙を埋めないことです。手がかりのある問いを出したあと、相手が黙る数秒は、たいてい探している時間です。ここで「たとえば、あの案件とか」と続けてしまうと、相手は自分で探すのをやめて、こちらの出した選択肢に答えるほうへ寄っていきがちです。
そして、出てきた話を評価から入らない。「それは良かったね」も「それは早く言ってよ」も、次から何を出していいかの学習材料になります。安全は、宣言ではなく、こういう小さな反応の積み重ねで確かめられていくのだと思います。
1on1の前に、言葉が溜まっている状態をつくる
ここまでは、道具がなくても次の1on1から試せる話です。そのうえで、内省アプリ「リフクラ」を作るときに私たちが何を引き受けようとしたかも書いておきます。同じ二つの変数を、道具の側から支えようとした記録として読んでください。
進め方を変えても、材料そのものが少ない状態は残ります。ここは30分の中では解決しにくいところです。私たちが最初に手をつけたのが、この1on1の前の部分でした。朝と夜に問いが表示され、5分で答えて閉じられる。その積み重ねが、あとから取り出せる言葉のストックになります。
大事にしているのは、これを1on1のための宿題にしないことです。書く目的は本人のためであって、上司に報告する材料をつくるためではありません。日々の記録は、会社にも直属の上司にも見えません。書いた頻度も渡りません。
宿題にすると、たぶん二つとも壊れます。書くこと自体が業務になれば正直に書けなくなりますし、正直に書かれていない記録は、1on1の材料としても役に立ちません。本人のために書かれた言葉が、結果として1on1に持ち込まれる——この順番だけは崩さないようにしています。
進め方を、マネージャー個人の技量に委ねない
もう一方の変数、進め方についても道具の側でできることがあります。
ペアリフレクションは、二人で同じ内省セッションを画面共有しながら進める機能です。テーマを決め、構造化された問いに沿って進み、途中で聞き手からフィードバックを渡し、最後にAIがまとめる。標準で30分ほどの流れです。
この形にしているのは、30分の設計まで一人ひとりのマネージャーに背負わせなくていいと考えたからです。問いの順番はセッションの側が持っています。回答は画面に同期されて記録に残り、メモは音声入力もできるので、聞く側はメモを取り続けなくて済みます。相手の話を聞くことに集中できる、というのがいちばんの実利かもしれません。
最後のまとめには、その場で二人が話し合うための問いかけが3つ添えられます。まとめて終わりではなく、そこから残りの時間で話す、という形です。
なお、この機能は無料プランでも使えます(無料プランでは、過去の履歴の閲覧とAIの利用回数に制限があります)。会社として契約しなくても、まず自分のチームで試してみることはできます。
よくある質問
「話すことがない」と言われたとき、その場で何と返せばいいですか
範囲の広い質問を、手がかりのある質問に置き換えるのが最初の一手だと思います。「今週、いちばん時間を使ったのは何でしたか」のように、時間や出来事で探す場所を狭めます。答えが出るまでの数秒は、埋めずに待ってみてください。
1on1の前に、部下に準備してくるよう頼むのはどうですか
準備そのものは悪いことではありませんが、義務にすると記録が「上司に見せるための文章」に変わっていきます。そうなると、書く側の負担が増えるわりに、1on1で出てくる話の深さは変わりにくくなります。本人のための習慣として置いておくほうが、結果的に材料は増えるように思います。
1on1の頻度は増やしたほうがいいですか
頻度は、話す材料と進め方のどちらの変数でもありません。増やして中身が変わらなければ、お互いの時間が減るだけになってしまいます。まずは1回あたりの進め方から見直すほうが、手応えは早いと思います。
場の条件は、仕組みの側から変えられる
「特に話すことないです」は、その人の意欲や関係の悪さを表しているとは限りません。手がかりのない質問と、確かめられていない安全という、場のほうの条件が出させている言葉かもしれない、というのがこの記事で書きたかったことです。
そして場の条件は、意識の持ち方だけでなく、仕組みの側からも変えられます。手がかりのついた問いのバリエーションは、別の記事「振り返りの問いは、作らなくていい。選べばいい」に状況別に並べてあります。1on1の前にも、その場でも使えるものがあると思います。
参考にした研究
- Tulving, E., & Pearlstone, Z. (1966). Availability versus accessibility of information in memory for words. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 5(4), 381–391.(手がかりのある想起と自由想起の比較)
- Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
いずれも1on1という場面を直接調べた研究ではなく、記憶とチームの学習についての研究です。ここでは「話すことがない」という現象を説明する材料として引いています。
