リフクラ
記事一覧へ

「なんとなくしんどい」が、言葉にならないとき

課題への答え公開 English version

「今日どうだった?」と聞かれて、「うーん、なんか、しんどかった」で止まったことはないでしょうか。

具体的に何が、というわけでもない。誰かに何か言われたわけでもない。ただ、帰り道の足が重い。

この状態がやっかいなのは、名前がついていないと、扱いようがないところだと思います。「疲れている」なら早く寝ればいい。「腹が立っている」なら、誰に何を言われたのかを思い出せる。でも「なんとなくしんどい」には、次にやることがついてきません。

名前をつけると、何かが起きるらしい

感情に言葉を当てることについては、研究があります。

リーバーマンらは2007年、感情を表す言葉を選ぶという作業をしている最中の脳を調べました。不快な画像を見たときに、ただ見る場合と、その感情に当てはまる言葉を選ぶ場合を比べたところ、言葉を選んだほうで扁桃体の反応が下がり、代わりに前頭前皮質の一部の活動が上がっていました。

もうひとつ、感情の細かさについての研究があります。カシュダン、バレットらは、感情を細かく区別できることを「感情分化」と呼び、これが高い人ほど、強い苦痛を感じたときに極端な対処(過剰な飲酒、攻撃、自傷など)に走りにくいという知見をまとめています。同じ「不快」でも、それが焦りなのか、引け目なのか、疲れなのかを分けられる人のほうが、次の一手を選びやすい、ということのようです。

輪郭のはっきりしない「なんとなくしんどい」というひとかたまりが、疲れ・引け目・焦りという輪郭のはっきりした3つに分かれていく図
輪郭のはっきりしない「なんとなくしんどい」というひとかたまりが、疲れ・引け目・焦りという輪郭のはっきりした3つに分かれていく図

念のために書いておくと、どちらも「名前をつければ気持ちが軽くなる」と約束する研究ではありません。脳の反応の変化と、対処のしかたとの関連を報告したものです。

ただ、少なくとも名前をつけようとすること自体に意味がありそうだ、というくらいには言えると思います。

それでも、ゼロから名前は出てこない

問題は、ここからです。

「自分の気持ちを言語化しよう」と思って目を閉じても、たいてい何も出てきません。出てくるのはせいぜい「しんどい」「もやもや」で、それはもう分かっていることです。

これは語彙が足りないというより、探す範囲が広すぎるのだと思います。世の中には感情を表す言葉が何百とあって、その全部の中から、いまの自分に当てはまる一語を探そうとしている。そんなことは、疲れた夜にできる作業ではありません。

私たちが前に書いた記事でも、同じ形の話をしました。日記が続かないのは白紙のせいであり、振り返りの問いは自分で作らなくていい。感情の名前も同じで、ゼロから探すのではなく、並んでいるものから選ぶほうが、たぶん現実的です。

そして幸いなことに、感情には地図があります。

地図その1 — いまの気持ちの「位置」を決める

心理学者のジェームズ・ラッセルは、感情を2つの軸で置く考え方を示しました。快か不快かという軸と、気持ちが高ぶっているか静かかという軸です。この2本を交差させると、感情は円の上に配置できます。

面白いのは、この4つの象限が、日本語の喜怒哀楽とだいたい重なることです。

喜怒哀楽位置と、その中の言葉
怒つらくて、気が張っている — 心配・警戒・不愉快・恐れ
喜心地よくて、高ぶっている — 興奮・幸せ・元気・喜び
哀つらくて、力が出ない — 悲しみ・退屈・憂鬱・疲れ
楽心地よくて、静か — 安心・楽しい・リラックス・満足

この地図の使い方は、こうです。まず「快か不快か」だけ決める。次に「高ぶっているか、力が出ないか」だけ決める。⁠ それだけで、候補は4つに絞れます。

「なんとなくしんどい」を、この2問だけ通してみてください。不快で、力が出ない。それなら哀のあたりです。悲しみ、退屈、憂鬱、疲れ。この4つを見て「あ、これは疲れだ」と分かることもあれば、「退屈のほうが近いかも」と気づくこともあります。

リフクラの朝のチェックインで、16個の気持ちが4×4のマス目に並んでいるのは、この配置をそのまま画面にしたものです。並び順はランダムではなく、左が不快・右が快、上が高ぶり・下が静かになっています。

選ぶのは1つだけです。朝はまだ一日が始まっていないので、いまの一点を決めればいい、という考えでそうしています。

地図その2 — 強さを選ぶ

もうひとつ、別の切り口の地図があります。

ロバート・プルチックは、感情には8つの基本形があり、それぞれに強さの段階があると考えました。同じ怒りの系統でも、苛立ちと激怒では、次にやるべきことがまるで違います。

系統弱い → まんなか → 強い
怒り苛立ち → 怒り → 激怒
恐れ不安 → 恐れ → 恐怖
悲しみ哀愁 → 悲しみ → 悲嘆
嫌悪うんざり → 嫌悪 → 大嫌い
喜び平穏 → 喜び → 恍惚
信頼容認 → 信頼 → 愛情
期待関心 → 期待 → 警戒
驚き放心 → 驚き → 驚嘆

この地図が効くのは、強さを自分で決められるところだと思います。「怒っている」と書くと大ごとに見えるけれど、実際は「苛立ち」くらいだった、ということはよくあります。逆に「ちょっとイヤだった」で流していたものが、並べてみると「嫌悪」に近かったと気づくこともあります。

並びが、つらい側に厚いこと

この24個を数えると、つらい側が12、心地よい側が9、どちらとも言えない驚きの系統が3です。さきほどのラッセルの16が快と不快で8対8だったのに比べると、均等ではありません。

プルチック自身は、8つの基本感情を生き延びるために必要な適応として説明しています。恐れは身を守ること、怒りは向かっていくこと、嫌悪は退けること、悲しみは失ったものとつながり直すこと。この立場から、彼は良い感情・悪い感情という区別を置いていません。役に立つから残った、という考え方です。

一方で、「悪いことのほうが強く効く」という現象そのものは、別の研究で確立しています。バウマイスターらとロジンらは2001年、それぞれ独立に同じ結論にたどり着きました。悪い出来事・悪い感情・悪い評価は、同じ大きさの良いものより影響が大きい。それは心理現象の一般法則と呼べるほど広く見られる、と。

この二つは別々の話ですが、重なると使い道が見えてきます。人がつらい側を強く感じるのだとしたら、細かく分ける必要があるのもそちら側です。「うれしかった」は一語で足りることが多いのに、「しんどかった」は一語だと何も分からない。プルチックの輪がつらい側に厚いことは、結果として、そこに噛み合っています。

夜は、2つ選べるようにしてある

リフクラの夜のチェックアウトでは、この24個から2つまで選べます。朝の16個から1つとは、あえて変えてあります。

一日ぶんの気持ちは、たいてい一色ではないからです。「うれしかったけど、疲れた」「安心したけど、まだ不安が残っている」。無理に1つに決めさせると、選ばれなかったほうがなかったことになります。

プルチックの考え方でも、複雑な感情は基本形の組み合わせとして説明されます。2つ選べるというのは、その形に合わせたものでもあります。

朝と夜で違う地図を使っているのは、そういうわけです。朝に要るのは、いまの位置がひとつ決まること。夜に要るのは、一日ぶんの実感に手が届く細かさだと考えています。選択肢の均等さより、そちらを優先しました。

それでも名前がつかない日について

地図があっても、当てはまらない日はあります。

そのときは、⁠「わからない」まで書けていれば十分だと思っています。「不快で、力が出ない。それ以上は分からない」——これも立派な記録です。むしろ、無理に名前をつけて、違う言葉で塗りつぶしてしまうほうがもったいない気がします。

半年後に読み返したとき、「わからない」と書いてある日が続いていたら、そこに何かあったのだと分かります。名前がつかなかったという事実そのものが、記録になります。

リフクラは、朝と夜の5分、並んでいる気持ちから選んで、短く書くだけの内省アプリです。無料で使えて、書いたものは自分だけが読めます。

名前を探すところから始めたい日に、地図として使ってみてください。


参考にした研究

  • Lieberman, M. D., Eisenberger, N. I., Crockett, M. J., Tom, S. M., Pfeifer, J. H., & Way, B. M. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421–428.
  • Kashdan, T. B., Barrett, L. F., & McKnight, P. E. (2015). Unpacking emotion differentiation: Transforming unpleasant experience by perceiving distinctions in negativity. Current Directions in Psychological Science, 24(1), 10–16.
  • Russell, J. A. (1980). A circumplex model of affect. Journal of Personality and Social Psychology, 39(6), 1161–1178.
  • Plutchik, R. (1980). Emotion: A Psychoevolutionary Synthesis. Harper & Row.
  • Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Finkenauer, C., & Vohs, K. D. (2001). Bad is stronger than good. Review of General Psychology, 5(4), 323–370.
  • Rozin, P., & Royzman, E. B. (2001). Negativity bias, negativity dominance, and contagion. Personality and Social Psychology Review, 5(4), 296–320.

これらは感情の分類と、感情に言葉を当てることについての研究であり、リフクラという特定のアプリの効果を検証したものではありません。